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Posted on 2013-12-02
「バリキャリ」から「ゆるふわ」ライフスタイルへ パーソナルコーチ山口由起子さん

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山口由起子さんプロフィール

東京大学卒業後、ベンチャー企業でM&A、子会社役員などを担当。その後、ベンチャーキャピタルに転職し、投資や事業支援を行う。2008年に独立後、海外起業家からの依頼をきっかけに、コーチングの個人セッションを開始。

【ブログ】http://ameblo.jp/yamaguchiyu/entry-10552188827.html

【ホームページ】 http://lalamaru.com

【著書】「心を削らない働き方」(2013/12/19発売予定)

 

■山口由起子さんにインタビューした理由

“深夜一時まで&週末もお仕事するのは普通!の「がむしゃら星人」時代を経て、ひとりでの自営業という自分に合った生き方を選び、心からやりたい&合っているお仕事を選んだこと、余計な思い込みや肩の力を抜いたことで、自分らしく「ゆるふわ」でいられるようになりました。”

→「がむしゃら星人」から「ゆるふわ」へどんなふうに変わっていったのか、脱藩のヒントにつながるのでは…?

“コーチングの資格はとらず、自分の強みを活かしてセッションをしています。大学時代から勉強している哲学・文学・心理学など人間心理に関する知識、会社員時代のM&Aやベンチャー投資での経験や、その時お会いした数百人の起業家・経営者から学んだこと、IT企業の採用担当として400人以上を面接した経験をセッションに活かしています。”

→資格がなければ独立できないというのは、もしかして固定概念なのかも…?

 

山口さんにとっての脱藩

Q)私の中で「脱藩」とは価値観が大きく変わる経験や節目と理解していますが、山口さんにとってのそういった経験や節目を教えて下さい。 

3回ありますが、1回目は大学時代、金融を勉強する学生団体の代表になった時です。「上に付いていく人」から「リーダー」になると、見える景色が違いました。「受け手」から「発信者」へと発信の軸が変わり、自分で起業したい気持ちが初めて芽生えたんです。

2回目は2004年当時、まだ未成熟だったIT業界に就職したことです。それまでは何か決まったものを習得して、よく考えてから正確にやると思っていたのが、失敗することも踏まえた上で、トライ&エラーしながら進めていくんだなと。それまで嫌だったエラーや失敗も普通のことだと実感できました。

3回目はフリーランスになった時ですね。「会社」というフィルターが外れ、自分が「個」として対峙することで、世の中の見え方がクリアになりました。最初は色んなことをやったんですけど、やっぱり「強み」を生かして仕事をするのは、すごく大事だと思いましたね。

 

Q)トライ&エラーの中で失敗しても次に進んでいける人達は、失敗をどう捉えていたのですか?

気にしないか、辛くても受け止められるか、どっちかですね。最初の会社の同期は、初め営業が出来なくて、挨拶の練習をするために週末本屋でバイトをしていたんですけど、今ではその会社で一番売上のいい部署の責任者をやっています。

 

Q)知り合いからの勧めがコーチングを始めるきっかけとのことですが、来たものを受け入れると道は開けていくのでしょうか?

来たものが全部開けるわけではないと思うんです。話が来た時に「あ、これだ!これをやっていこう」という感覚とか、広げるために努力もしてきたので。

 

Q)財務の仕事からコーチングにシフトされたと思いますが、ずっとコーチングをされてきた人と比べて、経験による差を感じませんでしたか?

コーチングをされている人にたくさん会ったわけではないですけど、経験があるから良し悪しが決まるものでもないのかなと、私は思いましたね。コーチングって歌や小説に近い気がしていて、別に歌とか小説も経験があるから良いってものでもないですよね。

 

Q)コーチングを始める際に「資格を取らなければ」と思いませんでしたか?

手法が限定されていることに疑問はあったんです。要は来た人が心地よい状態になれば良いわけで。のちに師匠になってくれた人も、人と接する時に「こうしなければならない」みたいなのがない方で、相談すると「資格は取らなくてもいいんじゃない?」と。

 

Q)なぜ資格無しでも出来ていると思われますか?

 子どもの頃からやってきたことの積み重ねで出来ていると思います。ひとの言動をみて、

その裏にあるこころの構造を探るとか、深くひとの話を聴く、といったことです。相手が自然とこころを開いて話し始めるといった、もともと備えていた雰囲気とか感性なども、コーチング向きだったのだろうと思います。

 

Q)コーチングはどのようにされていますか?

まずはじっくり聴いてこころをほぐします。悩み状態になっている時は、本来のそのひとの状態と、現状にズレがあります。なので、そのズレのありかを探って特定し、どうすれば元に戻るか伝えます。

 

「がむしゃら」に頑張ってしまうのは、「不安」だったから

 

Q)会社員時代の自分にアドバイスするとしたら、どう声を掛けますか?

 

「そんなに頑張らなくていいんじゃない?」とは思うんですけど、なぜ頑張っていたかというと、不安だったんですよね。向いてないから不安で、上手くいかないことが分かるから、すごいアクセル踏むじゃないですか。止まるとまたアクセル踏むのが大変だから、休めなくなる。頑張ってた時って成果を出しても達成感はあるのに、喜びは無かったんですよね。

その渦中にいると周りの人もそういう人ばかりだし、同じ価値観で形成されるから、どっぷり浸かっていると気付くのは難しい。

ただ当時は出来ていないところばかり見ていたので、「もっと出来ていることに目を向けたらいいんじゃない?」とか。でも「それ得意じゃないから、そろそろ変わった方がいいよ」とか(笑)。

 

Q)山口さんの場合は「好き」が「得意」だったから、コーチングが仕事になったのですか?

 

「好き」で「得意」、かつ「ニーズ」があったからですね。

 

自分の資産は、自分の中にある

Q)脱藩を志しているメンバーに向けて、メッセージがあればお願いします。

自分の資産って自分の中にあるものなので、外の情報に振り回されるのではなくて、「自分がどうしていきたいのか」「何が出来るのか」、自分と対話して、自分の内面を見ることも大切にされると、道は見えてくるのではと思います。

 

Q)進みたい方向性を見い出しても、それでやっていく踏ん切りをつけられないものですが?

そう思っている前提として、これ一本で100%の時間を注いでいかなければという思いがあると思うんですけど、いきなり人生かけるって大変じゃないですか?土曜の午前中だけ使ってやってみるとか、10個のうち1つでも進めてみるって考えると、一気に楽に進めるんじゃないでしょうか。

 

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【インタビューを終えて感じたこと】

高橋(写真右から二人目)

実際お会いしてみて、雰囲気や声のトーンなど、ブログ以上に「ゆるふわ」でインタビュアーの二人がすっかり癒され、沢山気づかせて頂いた時間でした。

きっと、インタビューという形式にさえとらわれることなく、私たちの質問の奥底にあった悩みやもやもやに、共感しながら、答えて下さっていたのだと改めて感じます。

脱藩した方の、力むことなく自然体であることを、肌で感じさせて頂きました。貴重なお時間をありがとうございました。

 

熊谷(写真左)

「こうしなければならないと決まっているのはおかしい」。柔らかい口調でそう語られる度に、余計な肩の力が抜けていき、心が自由になる気がしました。それだけ勝手な思い込みが、自分を苦しめていたのだと思います。自分の今の「がむしゃら」な働き方が消耗する努力なのか、建設的な努力なのか、山口さんとお話していると、答えを導き出すのもそう難しいことではない気がして勇気が出ます。どんな質問にも丁寧に答えて頂き、ありがとうございました。

 

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Posted on 2013-09-04
「暮らしと物語から知恵を育む」オルタナティブ・ラーニング・ファシリテーター小日向素子さん

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小日向素子さんプロフィール

Kokoro-uta Co.,Ltd. 代表

大学で編集・報道理論、大学院で日本の通信産業政策・経営理念を学ぶ。NTT、デルなどで、マーケティング、ブランド戦略に携わる。某外資系企業にてマーケティング部長として最年少で経営に参画。

2009年に独立。現在は西麻布の「ココロウタブックラウンジ」にて型にとらわれない、読書会や勉強会の場を提供する他、まちおこしコンサルティング、企業向け研修の企画と運営、ブランディング、販促・広告宣伝の企画提案実施、各種企画提案書作成、フェアトレーディング等を行う。

中でも特記すべきは、新潟の粟島での新しい「学び場作り」。町全体のコンサルティングを行い、次世代のリーダーを作るためのトレーニングを提供している。韓国での農場とブックラウンジを融合させたプロジェクトにも参画しているため、現在は東京、粟島、韓国を飛び回る生活。

■小日向素子さんにインタビューした理由

インタビュアーM:「何をしているのかわからない人」というお話を聞き、固定の仕事が無い人こそ、突き抜けて脱藩しているのではないかと思い興味を持ちました。「脱藩」するにはどうしたらいいのか? きっかけは何だったのか? どうやって「点」であった経験を「線」にすることができたのか? そのあたりもお聞きしたいです。

インタビュアーH:私は、結果が評価につながりやすい外資系で働くことに疲れ・・・、年功序列社会で働くことにもやりがいを見出せない日々です。女性としては先駆者ともいえるキャリアを形成しつつ、全く違う生き方を選び、それが生活として成り立っている小日向さんのお話を聞いてみることが、自分の中で何かが生まれるチャンスとなるのではないかと思い、伺いました。

 

■ 新卒で入った会社で将来の自分の姿が予想できてしまった

–       小日向さんはとてもユニークなバックグラウンドをお持ちだと伺っています。まずはキャリアのスタートから教えていただけますか?

実は私、大学卒業は、やりたいことが何も無かったんです。IT時代だったから、IT業界かな、と。NTTに入社しましたが、最初配属された部署の仕事も好きにはなれなくて。新人なのに部署とは全然違う企画を立てて、社内で企画大賞をもらいました。でもNTTでは「女性だと、39歳で課長が精一杯だなぁ」というのが見えてしまった。そこで定時に帰る理由の一つとして、社会人大学院に通い通い始めました。MBAの概念も浸透していなかった時代に、「通信政策を勉強します」と言って。初めは言い訳です。でもそこで、経営理念に興味を持ちました。あと、大きかったのは、仕事をしていく中で大事なのは「編集能力」だと20代の早い時期から思ったこと。この情報社会において、膨大な情報な中から、自分に必要なものを選び、結びつけて、新しい価値を創造する力です。

–       でもその後、すぐに、「本」にも、「経営」にも行かなかったんですよね。

はい、その後しばらくは、自分が何を好きで、好きで生計を立てようとするとどうなるのか、確かめる時間でした。だからパン屋や家具店で働いてみたりしたんです。でも、私には生活水準を下げる、というのができませんでした(笑)。東京生まれ東京育ちで、普通のサラリーマン家庭で、安定した生活をしてきましたから。

–       それで外資系と…。確かに外資系では女性でも正当に評価されますし、経営を学ぶのには適した環境と言えますよね。その後はまさに輝かしいキャリア、といった感じです。

でも、最初はあえてアシスタントとして入れてもらったんですよ。君みたいに経験がある人がなんで、とは言われましたけど。仕事はある程度こなせてしまうので、余った時間で英語の勉強の時間をもらったというか、苦手だった英語をまずは克服しました。

− そこからは経験も無いのに、マーケティングに関する企画書を作り、社長に直談判をして採用してもらうなど、自分でポジションを作り上げて行きましたね。

人にも恵まれました。外資系で2社目のデル在職中はまさに「デルの革命」と言われた時代で、素晴らしい学歴を持ったアカデミカリースマートな人ベンチャーを自分で立ち上げる力のあるストリートスマートな人たちから実地でMBAを学ばせてもらいました。

その次のベリサインでは、それまで私は自分が行う業務が仕事の大事な要素の9割を占めると思っていたのですが、尊敬していた方から、「仕事の上で大事なのは人との関係など人的側面が7割、業務は3割なんだよ。」と教えられました。また、社長からは人を惹きつける能力も学びました。まだベンチャー企業とも言える段階でしたけど、「私は今、インテルのCEOをオファーされると言われても受けるつもりはない。This is my last job.」という社員に向けてのスピーチには感動しましたね。

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■人と同じことをやっていてはチャンスは掴めない。一方で、自分を殺してまでがんばる必要はない

–       まさに外資系でキャリアを切り開いて来た、という印象を受け、並大抵の努力ではなかったかと思います。自分を動かしていたもの、自分の中で軸としていたことはありますか?

常に「ルールは無視」する「常識から外れる」、でないと負ける、と思っていました(笑)。人と同じことをやっていては、チャンスは掴めません。ルールを無視すると、周りに敵が多くなるかと躊躇する人も多いでしょうが、それは、もう周りにあの人は「宇宙人」だと思わせてしまうしかないです。あの人だから仕方がない、と。

でも、認めさせる分、それはそれは、ものすごい努力はして来ましたよ。

と同時に、「自分を殺してまでがんばる必要はない。」と割り切ってもいましたね。

それから、自分に向いているかは、向いていないかは、やってみないと分かりません。私は人をマネジメントすることは苦手だし、避けていましたが、部下に恵まれたのか、意外と向いていたみたいです。

 

■ ROIを計算することを辞め、好きにすべてを費やす

–       とても成功されて来たと思うのですが、そのままキャリアを追い続けるという選択肢はなかったのでしょうか。

 

次の会社は転職で辞めるのではなく、辞めさせられるまでは辞めない、と思っていたのですが、その時が来て・・・。自分は自分のしたいように当然のように努力して来たつもりだったのですが、周りに「バリキャリ」と言われるのにはすごい違和感をもっていたんです。はー?それって何よ?みたいな(笑)。そこでしばらく考えようと思って、人との繋がりだけで世界中をフラフラしていたら、大好きな現代芸術家のジェームス・タレルのライフワーク「ローデン・クレーター」を見に行き、本人にも会えるという素晴らしい機会に恵まれてしまったのです。彼は彼のワークを、利益のためでもなく、誰かのためでもなく、ただ自分が好きだからやっているんですよ!

YouTube Preview Image

https://www.artsy.net/artist/james-turrell

そこで、私も、ROI(投下資本利益率)じゃなく、好きにすべてを費やしてしまえ、と(笑)。時間もお金も。

その間出会った人たちと、常に何かが生まれる時期でもありました。

 

–       そこで、「学び場」の創出へ?

実は祖父が和泉八雲の弟子の英文学者で、私もずっと本が好きでした。でも突き詰めていくと、本というより、「学び」に興味があるなと思ったのです。今までのキャリア形成でもそうですけれど。

自分が良いということを続けて、「学び・仕事・暮らし」のサイクルを上手く回したいな、と思いました。人生の最後に、もうこれ以上はないな、と思うくらい。

大きな組織に入れば一生守られる時代は終わって、「無敵の個人の時代」言われる時代にもなっていましたし。

「経営はアートとサイエンスのバランスが大事」と言われますが、自分の役割と地位は自分で規定しよう、と思ったんです。そこで、一番興味があった「学び」の「場」と作ろうと思って、全く初めてだったのに、DIYでブックラウンジを開設しました。

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ココロウタブックラウンジ
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月曜の朝からナビゲーターが心も目覚める本を紹介「知のカフェイン&BOOKS」

自分が目指す豊かな生き方をするには、どれくらいお金が必要か把握して、給料は支出とプラマイゼロになればよい

–       今日初めてお会いして、お話だけ聞いていると、突然の路線変更に思えてしまいます。ご自身の中では、どこかの時点で、いつかはこう進みたい、みたいなコアはあったのでしょうか。また、まだどういう方向に進みたいか見えていない人へのアドバイスはありますか?

元々どこかにはあったんだと思います。自分のやってきたことにどういう意味があるのか、私はいつも考えて来ました。そして今、自分の経験すべてに関連性を見つけることができています。

そして結局人間って、関心を持っているものしか、頭に入って来ないんですよ。本だって、ペラペラめくっていると、何か特定の言葉が目につくでしょう?それって、自分が今それに興味があるということなんです。そういうアンテナに、気づくことも大事かもしれませんね。

–       小日向さんならではの人間力による部分も大きい気もしてします。圧倒されるばかりで、私たちはまだまだ悩んでしまうのですが・・・。

自分がこの道でやって行きたいと決めるには、自分の刈り取りの時期を設定することも大事だと思います。自分をいくらで売りたいか、いつ売りたいのか。それから、フリーランスになるになる最低限の能力は、どんぶり勘定の能力ですね。自分の送りたい生活にはいくら必要なのか、それくらいは計算できてなくてはいけない。

それから、人にいっぱい会うこと。

「自律、自立」って、いかに人に頼れるかだと思うんですよ。人に頼られて、初めから嫌がる人はいないでしょ?

でも、もしかして頼った人は自分の前からいなくなってしまうかもしれない、自分から去ってしまうかもしれない。だから、複数頼れる人を持っておくことも必要よね。だけど、自分に必要な人は、次から次に現れるんです。

–       お話を聞けば聞くほどパワーと、覚悟みたいなものを感じます。小日向さんは、モチベーションをどう管理されているのでしょうか? 不安に感じることは無かったのでしょうか?

20代のころは、ぐるぐると考え込んでしまうたちだったので、思考はどこかで切るように努力していました。また、本を読むことをセラピーにしていましたね。

今は、自然の中にいることにすごく幸せを感じます。あと、人にとにかく会いに行くようにしています。粟島のプロジェクトもそうでしたけれど、人と会って、関係を築く、ここからまた新たな仕事が生まれるんです。さらに、ストレスがかかることがあるのであれば、それの解消方法を仕事にする方法を考えます(笑)。

会社で働いていたころは、プライベートと仕事は完全に分けていて、生きているという実感がありませんでした。でも今は「生きている」という感覚があります。 自分が目指す豊かな生き方をするには、どれくらいお金が必要かも把握していて、給料は支出とプラマイゼロになればよいという感じです。だから、不安が無いんですよ。

何より、自分が人生の最後まで続けて行きたい学びと仕事と、暮らしを一つにできていますから。

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人の暮らしに風土を感じる貴重な離島、粟島。都市で培われたノウハウも受け入れ、融合を目指します

 ・・・ところで、今日は、こんな内容で良かったのかしら?(笑)

–       はい。お忙しい中、長いお時間をいただきまして、ありがとうございました。色々と考えすぎて、今は上手く言葉になりませんが、自分たちの中で、すごく大事な時間となったことは確かです。

[インタビューを終えて感じたこと]

・インタビュアーM:モノゴトの連続性の中で、常にその時々に持っていた関心のアンテナに引っかかったモノに対して、全力でそれを取りに行くという姿勢が今の小日向さんを作っているように感じました。

その関心のアンテナの精度も多くの経験、人との出会いによって、磨かれていったのではないかと感じさせられる部分が話の端々にあり、小日向さんの変わったキャリアも一見何の脈絡も無いように見えますが、ものすごく自分のアンテナに忠実に、論理的に行動されているのが印象的でした。

また、小日向さんのように自分がやりたいことのために、何を犠牲にするものをちゃんと把握できると、リスクも負いやすくなる、元よりそもそもリスクではないと認識出来るのかもしれません。僕自身漠然と「不安だ…」と思っていたのですが、もっと何を犠牲にするのかをはっきりさせないといけないと感じました。

最終的な方向として、やりたいこと = 人生になっている、仕事とプライベートを分けていない小日向さんはすごく幸せそうでした。

・インタビュアーH:伺ったお話を自分の中でどう消化するか、考えるところはありましたが、小日向さんが大切にし、ラウンジの壁にもプリントしてある岡倉天心の「茶の本」に登場する言葉、「おのれの地歩を失うことなく、他人に場所を譲ること」

「この言葉は、色々な捉え方があるわよね。」と小日向さんがおっしゃった時に、小日向さんのお話も、聞き手私たちそれぞれが、それぞれの方法で、今後のそれぞれの人生に、活かしていっていいのよ。と言われた気がしました。

やはり、人に会うって大事です。それも無理な時は、本を読んで、他人の考えにふれるだけでもいいでしょう。脱藩に大事なこと。それはまず人の考えと出会い、自分がどう感じるか、を見つめ、気づいていくこと、な気がします。

 

Posted on 2013-07-25
自分の好奇心を我慢しない。“複業”で「The Future Times」編集者 鈴木絵美里さん

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鈴木絵美里さんプロフィール

出版社に勤務しながら、ボランティアで「The Future Times」の立ち上げに関わり、現在も編集を担当中

・「世の中に何かコミットしたい」という思いで広告会社に新卒で就職

・雑誌作りに関わりたいという思いが強くなり出版社に転職、WEBメディアの部署へ

・雑誌の特別号として、以前から熱望していたフェスの企画を担当したことで出会ったアジアンカンフージェネレーション後藤さんが震災後にツイートした、「新聞を作りたい」のひとことに反応したことがきっかけで「The Future Times」(※)の立ち上げに協力、現在も無報酬で継続中

・大学を卒業してからずっと抱いていた、『社会の役に立ちたい』という思いが「The Future Times」で実現された

※ The Future Times
震災後に発刊した、アジアンカンフージェネレーション後藤さんが編集長を務める「未来について考えよう」をテーマにした新聞
http://www.thefuturetimes.jp/

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■鈴木絵美里さんにインタビューした理由

インタビュワーは、脱藩学を受講するにあたり、まず先に現職の会社を辞める事を前提としていましたが、講師の跡部さんのアドバイスや、同期メンバーの考えを聞いているうちに、次に目指す事の準備期間の必要性を痛感するようになりました。

準備期間は現職の会社員と、次に目指す事の二足の草鞋で活動して行きたいと思っているので、本業で会社員をされながら、それ以外でも活躍されている方にお話しをお伺いしたいと思い、自由大学「アメーバワークスタイル」にゲストとしてお越し頂いた事がある鈴木さんに、その先行者としてインタビューさせて頂く事となりました。

 

Q.本業と副業の定義について、どのようにお考えなのでしょうか?
(そもそも、本業と副業といった定義を、意識されていらっしゃるのでしょうか?)

「The Future Times」は、“副業”だと考えていません。対価はお金では無く、逆にお金では買えない貴重な体験をさせて貰っていて、かつ本業とは別ジャンルでもないのでプロボノ的位置づけです。

Q.本業は、満足感を持って望めているのでしょうか?

紙媒体をメインとしてきた出版という業界のなかでは、紙媒体以外で挑戦したいことがあってもなかなか社内で理解を得にくい部分も、以前は確かにありました。しかし紙媒体も経験したうえでさらにいろいろなアメーバ的なフィールドでの経験も自分のなかに取り込めている今、部署間の連携が出来ていない事に対して繋ぎを作る役割であったり、電子媒体を含むWEBメディア全体の担当としてするべき事など、役割は明確に、そして更に幅広くなってきています。また、「企画毎に、作り手の“好き”が他のメディアよりもちょっと多く盛られている」と、よく言われるような会社ということもあり、会社自体に魅力を感じて下さっている方も多いことはとても嬉しいです。

Q.鈴木さんにとって、ご自身の「核」になっているものは存在しますか?

一つ目は「行動力」でしょうか。興味を持った人・もの・ことには素直に会いに行くようにしています。何かアイデアを考えるだけでなく、実行までやりきることが核となっていると思います。

二つ目は「マッチング力」。人が気になる性格で、人間観察が好き。「この人とこの人が繋がったら面白そう!」と感じたときには、お互いを引き合わせて、何かを企画するようにしています。また、「チーママ力」と呼んでいるのですが、強い意志やビジョンを持った人をみると誰かに紹介したり、自分がサポートして想いを実現したくなってしまう傾向があります。

三つ目は、「興味を持つものの幅広さ」というと、カッコよすぎて引くんですけど(笑)、つまりは、ミーハーで、いろいろなことに対してのリストを多めに持っていることだと思います。

 

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【インタビューを終えて感じたこと】
鈴木さんはご自身について、「自分の“好き”がはみ出している部分でこそ、声がかかるようになるのでは」とおっしゃっていました。
その「はみ出した部分」が、鈴木さんの原動力であり、更には、他の人には無い付加価値として「脱藩」している部分なのではないか、と感じました。

ご自身のやりたいこと、できること、求められることをうまく組み合わせて、しなやかにご自身の役割を見つけてご活躍されている鈴木さんのお話しをお伺いして、これまでの自分には見えなかった、新たな選択肢があることを認知させて頂いた気がします。
現職の会社を辞めるといった当初の「脱藩」とは異なりますが、”これまでの自分から「脱藩」”する事が出来たように思います。

 

Posted on 2013-05-15
外資系投資銀行から一転、現代版トキワ荘の女将さん。みどり荘オーガナイザー小柴美保さん

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小柴美保さんプロフィール 

インデペンデントシンクタンクMirai Instituteを主宰。その一環として未来の働く場としてのワークスペース「みどり荘(http://midori.so/)」をオーガナイズ。イギリスや京都で学生時代を謳歌し、投資銀行で日本株の取り扱いに従事。2011年に退社し現職に至る。自由大学のキュレーターとしても活躍(「生き方デザイン学」、「器を継ぐ」、「クリエイティブ都市学」)。旅好き。一児の母。

小柴さんにインタビューした理由

外資系金融機関といういわゆるビジネスセクターのど真ん中から転身した経緯、挑戦的に見える生き方、働き方の背景にある考え方を、お聞きしたかったから。

 

Q:みどり荘のトップページでは「it  is more than just a co-working space」と謳ってますよね。 

コワーキングが特別なことではないということと、普通のビルのオフィスとも違う何かがあるぞ、という感じを出したかったのです。そういうところにフックする人に入ってきてほしいです。駅から決して近くはないですし、外観が謎(笑)だったり。あえて宣伝もしませんでした。それでも今はだいぶ埋まってきました。

 

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Q:それにしても謎な建物です。どうやって見つけたんですか?

偶然です。今メンバーになっているインテリアデザイナーの方が見つけてくれました。ある意味廃墟になっていましたが、1階に大家さんが住んでいたのです。また、リノベーションして住みたいという人が一足先にいらっしゃって、じゃあ一緒にやりましょう!って話になって、(現在)その人が住んでる部屋もありますよ。

 

Q:引き下がってもらうんじゃなくて巻き込むのが凄いですね。建物は相当ボロボロにだったそうですが。 

かなり長い間使ってなかったようで、2階の床に穴があって下が見えたり、電線も電気使ったら発火するんじゃないかっていう状況でした(笑)。使えるようになるまで3か月以上かかりましたね。

 

Q:みどり荘は、どういうところを目指していますか? 

メンバー同士やその周りの人たちのつながりから様々なコミュニケーションができて、新しい何かが生まれてたらいいなって。まだそこまでは行ってないんですけど、大きい企業に注目されたりもしはじめて、ちょっとした企画を一緒に始めています。

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Q:今の事業を始める前、新卒で入った外資系投資銀行で4年半働いてますね。考え方が大きく変わった転機はあったんですか?

金融業界に入る前から、なんで億を稼ぐプレーヤーがこの業界にはいるのか疑問に思っていて、この先行きつまってしまうのではないかなという仮説のようなものをもっていました。世界がどうなっているか、見たい知りたいという好奇心と、先ほどの疑問について自分で体験してみたい、あえて逆を見てみようというのがそもそもの働き始めです。

 

Q:そうだったんですね。どんな学生時代でしたか?

大学では法学部で、最初は弁護士を目指してました。高校の時、中坊公平さんに憧れて手紙を書いたりして。けど、実際に勉強をしだしたら、自分の好奇心を捨ててまで勉強しないと私は出来ない、と分かって挫折しました。好奇心には勝てなかった……。

 

大学を5年半で卒業していて、1年半はヨーロッパとかを放浪してました。中学から寮生活で、高校も日本の高校に2年通ってからイギリスの高校に留学しました。世界がどう動いているか見たかったんです。世界平和は皆が交われば実現できるんじゃないかと考えていました。イスラエルやパレスチナの学生にも合いましたが、彼らはいがみ合うように教育を受けている。

 

Q:その後は、日本に帰ってきて就職ですね。 

世界がどうなっているかを見たくて、交われて働ける場所がいいと思って、金融業界を選びました。当時「あいのり(テレビ番組)」が流行っていて知ったんですけど(笑)ブータンのグロスナショナルハピネス(GNH)という概念を知ったりして、この発想と金融をどうつなげるのかを考えていました。

 

Q:実際、入社してみてどうでした?

バブルでした(笑)。出張の飛行機はビジネスクラスで、ホテルもニューヨークのタイムズスクエアが見える部屋だったり。

日本企業の株を機関投資家に売る業務だったんですが、特にリーマンショックを経て、日本の企業にはワクワクしませんでした。自社の製品をどう使われたいのか、ビジョンというか思想が感じられなくて。財務諸表の数字だけでは分からないことがたくさんあるんだと、分かりました。

 

Q:やっぱり駄目だと感じた訳ですね。どう具体的な行動につながっていったのですか?

GNHとか言いながらも、何をして良いのか分からない状態でしたが、2009年にスクーリングパット(自由大学の前身)を偶然みつけて参加するようになりました。そこでの学びは面白かったですし、色んな人と出会えて刺激を受けました。

 

Q:生活の不安はありませんでしたか?

どうにかなると思ってました(笑)。貯えもあったので、その間にどうにかなるだろうと。黒崎さんも行動したあとにお金はついてくるもんだ、っていう話しをしていて。そうだよね、きっと、と。

みどり荘が軌道に乗るまでも前職の人の手伝いをしたりして、無収入ではありませんでした。お金だけじゃなくて、情報も入ってくるので良かったです。

 

Q:シンクタンクでは何をされていますか?

これから、というところです……。みどり荘は、働き方の実験というシンクタンクの事業でもあります。他には、器継ぎや漆とか、日本の伝統文化を海外にどうやって広めていくか、といった案件があります。

 

Q:未経験のことに取り組んでますよね。前職の経験を生かせる部分もあると思いますが、できるものですか?

もちろん経験が生きることはありますけど、未経験だからというのは意識したことはないです。今までこういう事をやってきたから、これしかできない、という訳じゃないと思います。

 

 

Q:子供のころからそんな感じでしたか?

両親には、やりたい事をやりなさい、と言われてました。中学が寮生活だったのも、憧れていたからで、中学受験もしてみたかったんです。中高一貫の学校で「世界にはばたけ」というのが校訓でした。寮生活は厳しくて、6時起床10時消灯、カップラーメンも禁止だったりして、アイロンでレトルト食品を温めて食べてました(笑)。そういう経験や、海外で色んな人と話した経験は、影響が大きいと思います。

 

Q:今もお子さん抱っこしながら凄いですよね。

仕事に連れて行ったりもします。今日も連れて来ても大丈夫かなって。それに夫が昨日から仕事で海外に行ってしばらく帰ってこないので。

 

Q:え!一人で育児しながら仕事ですか・・・。

家族にも時々手伝ってもらってます。基本的に一人ですけど、大丈夫ですよ(笑)。ただ、夜の打ち合わせが入っちゃったらどうしようかと心配ですが。

 

Q:そんな中、今日はインタビューを受けていただいて本当にありがとうございました。

 こちらこそ、ありがとうございました。

 

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【インタビューを終えて感じた事】

中村 将之

キャリアの大きな方向転換には、何か転機があったのかと思っていましたが、学生時代からの問題意識や価値観の表現の結果なのだと感じました。常識や固定概念に囚われず自分の中から湧いてくるものをストレートに出していけば良いんだと気づかされました。