脱藩者Interview

「暮らしと物語から知恵を育む」オルタナティブ・ラーニング・ファシリテーター小日向素子さん

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小日向素子さんプロフィール

Kokoro-uta Co.,Ltd. 代表

大学で編集・報道理論、大学院で日本の通信産業政策・経営理念を学ぶ。NTT、デルなどで、マーケティング、ブランド戦略に携わる。某外資系企業にてマーケティング部長として最年少で経営に参画。

2009年に独立。現在は西麻布の「ココロウタブックラウンジ」にて型にとらわれない、読書会や勉強会の場を提供する他、まちおこしコンサルティング、企業向け研修の企画と運営、ブランディング、販促・広告宣伝の企画提案実施、各種企画提案書作成、フェアトレーディング等を行う。

中でも特記すべきは、新潟の粟島での新しい「学び場作り」。町全体のコンサルティングを行い、次世代のリーダーを作るためのトレーニングを提供している。韓国での農場とブックラウンジを融合させたプロジェクトにも参画しているため、現在は東京、粟島、韓国を飛び回る生活。

■小日向素子さんにインタビューした理由

インタビュアーM:「何をしているのかわからない人」というお話を聞き、固定の仕事が無い人こそ、突き抜けて脱藩しているのではないかと思い興味を持ちました。「脱藩」するにはどうしたらいいのか? きっかけは何だったのか? どうやって「点」であった経験を「線」にすることができたのか? そのあたりもお聞きしたいです。

インタビュアーH:私は、結果が評価につながりやすい外資系で働くことに疲れ・・・、年功序列社会で働くことにもやりがいを見出せない日々です。女性としては先駆者ともいえるキャリアを形成しつつ、全く違う生き方を選び、それが生活として成り立っている小日向さんのお話を聞いてみることが、自分の中で何かが生まれるチャンスとなるのではないかと思い、伺いました。

 

■ 新卒で入った会社で将来の自分の姿が予想できてしまった

–       小日向さんはとてもユニークなバックグラウンドをお持ちだと伺っています。まずはキャリアのスタートから教えていただけますか?

実は私、大学卒業は、やりたいことが何も無かったんです。IT時代だったから、IT業界かな、と。NTTに入社しましたが、最初配属された部署の仕事も好きにはなれなくて。新人なのに部署とは全然違う企画を立てて、社内で企画大賞をもらいました。でもNTTでは「女性だと、39歳で課長が精一杯だなぁ」というのが見えてしまった。そこで定時に帰る理由の一つとして、社会人大学院に通い通い始めました。MBAの概念も浸透していなかった時代に、「通信政策を勉強します」と言って。初めは言い訳です。でもそこで、経営理念に興味を持ちました。あと、大きかったのは、仕事をしていく中で大事なのは「編集能力」だと20代の早い時期から思ったこと。この情報社会において、膨大な情報な中から、自分に必要なものを選び、結びつけて、新しい価値を創造する力です。

–       でもその後、すぐに、「本」にも、「経営」にも行かなかったんですよね。

はい、その後しばらくは、自分が何を好きで、好きで生計を立てようとするとどうなるのか、確かめる時間でした。だからパン屋や家具店で働いてみたりしたんです。でも、私には生活水準を下げる、というのができませんでした(笑)。東京生まれ東京育ちで、普通のサラリーマン家庭で、安定した生活をしてきましたから。

–       それで外資系と…。確かに外資系では女性でも正当に評価されますし、経営を学ぶのには適した環境と言えますよね。その後はまさに輝かしいキャリア、といった感じです。

でも、最初はあえてアシスタントとして入れてもらったんですよ。君みたいに経験がある人がなんで、とは言われましたけど。仕事はある程度こなせてしまうので、余った時間で英語の勉強の時間をもらったというか、苦手だった英語をまずは克服しました。

− そこからは経験も無いのに、マーケティングに関する企画書を作り、社長に直談判をして採用してもらうなど、自分でポジションを作り上げて行きましたね。

人にも恵まれました。外資系で2社目のデル在職中はまさに「デルの革命」と言われた時代で、素晴らしい学歴を持ったアカデミカリースマートな人ベンチャーを自分で立ち上げる力のあるストリートスマートな人たちから実地でMBAを学ばせてもらいました。

その次のベリサインでは、それまで私は自分が行う業務が仕事の大事な要素の9割を占めると思っていたのですが、尊敬していた方から、「仕事の上で大事なのは人との関係など人的側面が7割、業務は3割なんだよ。」と教えられました。また、社長からは人を惹きつける能力も学びました。まだベンチャー企業とも言える段階でしたけど、「私は今、インテルのCEOをオファーされると言われても受けるつもりはない。This is my last job.」という社員に向けてのスピーチには感動しましたね。

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■人と同じことをやっていてはチャンスは掴めない。一方で、自分を殺してまでがんばる必要はない

–       まさに外資系でキャリアを切り開いて来た、という印象を受け、並大抵の努力ではなかったかと思います。自分を動かしていたもの、自分の中で軸としていたことはありますか?

常に「ルールは無視」する「常識から外れる」、でないと負ける、と思っていました(笑)。人と同じことをやっていては、チャンスは掴めません。ルールを無視すると、周りに敵が多くなるかと躊躇する人も多いでしょうが、それは、もう周りにあの人は「宇宙人」だと思わせてしまうしかないです。あの人だから仕方がない、と。

でも、認めさせる分、それはそれは、ものすごい努力はして来ましたよ。

と同時に、「自分を殺してまでがんばる必要はない。」と割り切ってもいましたね。

それから、自分に向いているかは、向いていないかは、やってみないと分かりません。私は人をマネジメントすることは苦手だし、避けていましたが、部下に恵まれたのか、意外と向いていたみたいです。

 

■ ROIを計算することを辞め、好きにすべてを費やす

–       とても成功されて来たと思うのですが、そのままキャリアを追い続けるという選択肢はなかったのでしょうか。

 

次の会社は転職で辞めるのではなく、辞めさせられるまでは辞めない、と思っていたのですが、その時が来て・・・。自分は自分のしたいように当然のように努力して来たつもりだったのですが、周りに「バリキャリ」と言われるのにはすごい違和感をもっていたんです。はー?それって何よ?みたいな(笑)。そこでしばらく考えようと思って、人との繋がりだけで世界中をフラフラしていたら、大好きな現代芸術家のジェームス・タレルのライフワーク「ローデン・クレーター」を見に行き、本人にも会えるという素晴らしい機会に恵まれてしまったのです。彼は彼のワークを、利益のためでもなく、誰かのためでもなく、ただ自分が好きだからやっているんですよ!

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https://www.artsy.net/artist/james-turrell

そこで、私も、ROI(投下資本利益率)じゃなく、好きにすべてを費やしてしまえ、と(笑)。時間もお金も。

その間出会った人たちと、常に何かが生まれる時期でもありました。

 

–       そこで、「学び場」の創出へ?

実は祖父が和泉八雲の弟子の英文学者で、私もずっと本が好きでした。でも突き詰めていくと、本というより、「学び」に興味があるなと思ったのです。今までのキャリア形成でもそうですけれど。

自分が良いということを続けて、「学び・仕事・暮らし」のサイクルを上手く回したいな、と思いました。人生の最後に、もうこれ以上はないな、と思うくらい。

大きな組織に入れば一生守られる時代は終わって、「無敵の個人の時代」言われる時代にもなっていましたし。

「経営はアートとサイエンスのバランスが大事」と言われますが、自分の役割と地位は自分で規定しよう、と思ったんです。そこで、一番興味があった「学び」の「場」と作ろうと思って、全く初めてだったのに、DIYでブックラウンジを開設しました。

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ココロウタブックラウンジ
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月曜の朝からナビゲーターが心も目覚める本を紹介「知のカフェイン&BOOKS」

自分が目指す豊かな生き方をするには、どれくらいお金が必要か把握して、給料は支出とプラマイゼロになればよい

–       今日初めてお会いして、お話だけ聞いていると、突然の路線変更に思えてしまいます。ご自身の中では、どこかの時点で、いつかはこう進みたい、みたいなコアはあったのでしょうか。また、まだどういう方向に進みたいか見えていない人へのアドバイスはありますか?

元々どこかにはあったんだと思います。自分のやってきたことにどういう意味があるのか、私はいつも考えて来ました。そして今、自分の経験すべてに関連性を見つけることができています。

そして結局人間って、関心を持っているものしか、頭に入って来ないんですよ。本だって、ペラペラめくっていると、何か特定の言葉が目につくでしょう?それって、自分が今それに興味があるということなんです。そういうアンテナに、気づくことも大事かもしれませんね。

–       小日向さんならではの人間力による部分も大きい気もしてします。圧倒されるばかりで、私たちはまだまだ悩んでしまうのですが・・・。

自分がこの道でやって行きたいと決めるには、自分の刈り取りの時期を設定することも大事だと思います。自分をいくらで売りたいか、いつ売りたいのか。それから、フリーランスになるになる最低限の能力は、どんぶり勘定の能力ですね。自分の送りたい生活にはいくら必要なのか、それくらいは計算できてなくてはいけない。

それから、人にいっぱい会うこと。

「自律、自立」って、いかに人に頼れるかだと思うんですよ。人に頼られて、初めから嫌がる人はいないでしょ?

でも、もしかして頼った人は自分の前からいなくなってしまうかもしれない、自分から去ってしまうかもしれない。だから、複数頼れる人を持っておくことも必要よね。だけど、自分に必要な人は、次から次に現れるんです。

–       お話を聞けば聞くほどパワーと、覚悟みたいなものを感じます。小日向さんは、モチベーションをどう管理されているのでしょうか? 不安に感じることは無かったのでしょうか?

20代のころは、ぐるぐると考え込んでしまうたちだったので、思考はどこかで切るように努力していました。また、本を読むことをセラピーにしていましたね。

今は、自然の中にいることにすごく幸せを感じます。あと、人にとにかく会いに行くようにしています。粟島のプロジェクトもそうでしたけれど、人と会って、関係を築く、ここからまた新たな仕事が生まれるんです。さらに、ストレスがかかることがあるのであれば、それの解消方法を仕事にする方法を考えます(笑)。

会社で働いていたころは、プライベートと仕事は完全に分けていて、生きているという実感がありませんでした。でも今は「生きている」という感覚があります。 自分が目指す豊かな生き方をするには、どれくらいお金が必要かも把握していて、給料は支出とプラマイゼロになればよいという感じです。だから、不安が無いんですよ。

何より、自分が人生の最後まで続けて行きたい学びと仕事と、暮らしを一つにできていますから。

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人の暮らしに風土を感じる貴重な離島、粟島。都市で培われたノウハウも受け入れ、融合を目指します

 ・・・ところで、今日は、こんな内容で良かったのかしら?(笑)

–       はい。お忙しい中、長いお時間をいただきまして、ありがとうございました。色々と考えすぎて、今は上手く言葉になりませんが、自分たちの中で、すごく大事な時間となったことは確かです。

[インタビューを終えて感じたこと]

・インタビュアーM:モノゴトの連続性の中で、常にその時々に持っていた関心のアンテナに引っかかったモノに対して、全力でそれを取りに行くという姿勢が今の小日向さんを作っているように感じました。

その関心のアンテナの精度も多くの経験、人との出会いによって、磨かれていったのではないかと感じさせられる部分が話の端々にあり、小日向さんの変わったキャリアも一見何の脈絡も無いように見えますが、ものすごく自分のアンテナに忠実に、論理的に行動されているのが印象的でした。

また、小日向さんのように自分がやりたいことのために、何を犠牲にするものをちゃんと把握できると、リスクも負いやすくなる、元よりそもそもリスクではないと認識出来るのかもしれません。僕自身漠然と「不安だ…」と思っていたのですが、もっと何を犠牲にするのかをはっきりさせないといけないと感じました。

最終的な方向として、やりたいこと = 人生になっている、仕事とプライベートを分けていない小日向さんはすごく幸せそうでした。

・インタビュアーH:伺ったお話を自分の中でどう消化するか、考えるところはありましたが、小日向さんが大切にし、ラウンジの壁にもプリントしてある岡倉天心の「茶の本」に登場する言葉、「おのれの地歩を失うことなく、他人に場所を譲ること」

「この言葉は、色々な捉え方があるわよね。」と小日向さんがおっしゃった時に、小日向さんのお話も、聞き手私たちそれぞれが、それぞれの方法で、今後のそれぞれの人生に、活かしていっていいのよ。と言われた気がしました。

やはり、人に会うって大事です。それも無理な時は、本を読んで、他人の考えにふれるだけでもいいでしょう。脱藩に大事なこと。それはまず人の考えと出会い、自分がどう感じるか、を見つめ、気づいていくこと、な気がします。

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Posted on 2013-09-04 | Posted in 脱藩者Interview | No Comments »

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