脱藩者Interview

外資系投資銀行から一転、現代版トキワ荘の女将さん。みどり荘オーガナイザー小柴美保さん

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小柴美保さんプロフィール 

インデペンデントシンクタンクMirai Instituteを主宰。その一環として未来の働く場としてのワークスペース「みどり荘(http://midori.so/)」をオーガナイズ。イギリスや京都で学生時代を謳歌し、投資銀行で日本株の取り扱いに従事。2011年に退社し現職に至る。自由大学のキュレーターとしても活躍(「生き方デザイン学」、「器を継ぐ」、「クリエイティブ都市学」)。旅好き。一児の母。

小柴さんにインタビューした理由

外資系金融機関といういわゆるビジネスセクターのど真ん中から転身した経緯、挑戦的に見える生き方、働き方の背景にある考え方を、お聞きしたかったから。

 

Q:みどり荘のトップページでは「it  is more than just a co-working space」と謳ってますよね。 

コワーキングが特別なことではないということと、普通のビルのオフィスとも違う何かがあるぞ、という感じを出したかったのです。そういうところにフックする人に入ってきてほしいです。駅から決して近くはないですし、外観が謎(笑)だったり。あえて宣伝もしませんでした。それでも今はだいぶ埋まってきました。

 

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Q:それにしても謎な建物です。どうやって見つけたんですか?

偶然です。今メンバーになっているインテリアデザイナーの方が見つけてくれました。ある意味廃墟になっていましたが、1階に大家さんが住んでいたのです。また、リノベーションして住みたいという人が一足先にいらっしゃって、じゃあ一緒にやりましょう!って話になって、(現在)その人が住んでる部屋もありますよ。

 

Q:引き下がってもらうんじゃなくて巻き込むのが凄いですね。建物は相当ボロボロにだったそうですが。 

かなり長い間使ってなかったようで、2階の床に穴があって下が見えたり、電線も電気使ったら発火するんじゃないかっていう状況でした(笑)。使えるようになるまで3か月以上かかりましたね。

 

Q:みどり荘は、どういうところを目指していますか? 

メンバー同士やその周りの人たちのつながりから様々なコミュニケーションができて、新しい何かが生まれてたらいいなって。まだそこまでは行ってないんですけど、大きい企業に注目されたりもしはじめて、ちょっとした企画を一緒に始めています。

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Q:今の事業を始める前、新卒で入った外資系投資銀行で4年半働いてますね。考え方が大きく変わった転機はあったんですか?

金融業界に入る前から、なんで億を稼ぐプレーヤーがこの業界にはいるのか疑問に思っていて、この先行きつまってしまうのではないかなという仮説のようなものをもっていました。世界がどうなっているか、見たい知りたいという好奇心と、先ほどの疑問について自分で体験してみたい、あえて逆を見てみようというのがそもそもの働き始めです。

 

Q:そうだったんですね。どんな学生時代でしたか?

大学では法学部で、最初は弁護士を目指してました。高校の時、中坊公平さんに憧れて手紙を書いたりして。けど、実際に勉強をしだしたら、自分の好奇心を捨ててまで勉強しないと私は出来ない、と分かって挫折しました。好奇心には勝てなかった……。

 

大学を5年半で卒業していて、1年半はヨーロッパとかを放浪してました。中学から寮生活で、高校も日本の高校に2年通ってからイギリスの高校に留学しました。世界がどう動いているか見たかったんです。世界平和は皆が交われば実現できるんじゃないかと考えていました。イスラエルやパレスチナの学生にも合いましたが、彼らはいがみ合うように教育を受けている。

 

Q:その後は、日本に帰ってきて就職ですね。 

世界がどうなっているかを見たくて、交われて働ける場所がいいと思って、金融業界を選びました。当時「あいのり(テレビ番組)」が流行っていて知ったんですけど(笑)ブータンのグロスナショナルハピネス(GNH)という概念を知ったりして、この発想と金融をどうつなげるのかを考えていました。

 

Q:実際、入社してみてどうでした?

バブルでした(笑)。出張の飛行機はビジネスクラスで、ホテルもニューヨークのタイムズスクエアが見える部屋だったり。

日本企業の株を機関投資家に売る業務だったんですが、特にリーマンショックを経て、日本の企業にはワクワクしませんでした。自社の製品をどう使われたいのか、ビジョンというか思想が感じられなくて。財務諸表の数字だけでは分からないことがたくさんあるんだと、分かりました。

 

Q:やっぱり駄目だと感じた訳ですね。どう具体的な行動につながっていったのですか?

GNHとか言いながらも、何をして良いのか分からない状態でしたが、2009年にスクーリングパット(自由大学の前身)を偶然みつけて参加するようになりました。そこでの学びは面白かったですし、色んな人と出会えて刺激を受けました。

 

Q:生活の不安はありませんでしたか?

どうにかなると思ってました(笑)。貯えもあったので、その間にどうにかなるだろうと。黒崎さんも行動したあとにお金はついてくるもんだ、っていう話しをしていて。そうだよね、きっと、と。

みどり荘が軌道に乗るまでも前職の人の手伝いをしたりして、無収入ではありませんでした。お金だけじゃなくて、情報も入ってくるので良かったです。

 

Q:シンクタンクでは何をされていますか?

これから、というところです……。みどり荘は、働き方の実験というシンクタンクの事業でもあります。他には、器継ぎや漆とか、日本の伝統文化を海外にどうやって広めていくか、といった案件があります。

 

Q:未経験のことに取り組んでますよね。前職の経験を生かせる部分もあると思いますが、できるものですか?

もちろん経験が生きることはありますけど、未経験だからというのは意識したことはないです。今までこういう事をやってきたから、これしかできない、という訳じゃないと思います。

 

 

Q:子供のころからそんな感じでしたか?

両親には、やりたい事をやりなさい、と言われてました。中学が寮生活だったのも、憧れていたからで、中学受験もしてみたかったんです。中高一貫の学校で「世界にはばたけ」というのが校訓でした。寮生活は厳しくて、6時起床10時消灯、カップラーメンも禁止だったりして、アイロンでレトルト食品を温めて食べてました(笑)。そういう経験や、海外で色んな人と話した経験は、影響が大きいと思います。

 

Q:今もお子さん抱っこしながら凄いですよね。

仕事に連れて行ったりもします。今日も連れて来ても大丈夫かなって。それに夫が昨日から仕事で海外に行ってしばらく帰ってこないので。

 

Q:え!一人で育児しながら仕事ですか・・・。

家族にも時々手伝ってもらってます。基本的に一人ですけど、大丈夫ですよ(笑)。ただ、夜の打ち合わせが入っちゃったらどうしようかと心配ですが。

 

Q:そんな中、今日はインタビューを受けていただいて本当にありがとうございました。

 こちらこそ、ありがとうございました。

 

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【インタビューを終えて感じた事】

中村 将之

キャリアの大きな方向転換には、何か転機があったのかと思っていましたが、学生時代からの問題意識や価値観の表現の結果なのだと感じました。常識や固定概念に囚われず自分の中から湧いてくるものをストレートに出していけば良いんだと気づかされました。

 

 

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Posted on 2013-05-15 | Posted in 脱藩者Interview | No Comments »

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