脱藩者Interview

自然エネルギーを地産地消できる地域に 特定非営利活動法人地域再生機構 副理事長 平野彰秀さん

特定非営利活動法人地域再生機構 副理事長 平野彰秀さん

平野彰秀さんプロフィール

特定非営利活動法人地域再生機構 副理事長

1975年生まれ。岐阜県岐阜市出身。大学入学より14年間東京生活を送る。

東京大学大学院で都市計画を専攻。修了後、商業施設プロデュース会社、外資系経営コンサルティング会社を経て、2008年32歳で岐阜市にUターンし中山間地域の地域づくり活動と、自然エネルギー(主に小水力発電)導入の活動を開始。

2011年9月、人口300人弱の集落、岐阜県郡上市白鳥町石徹白(いとしろ)に移住。

 

平野さんにインタビューした理由

2012年に開催されたフォーラムにて、石徹白(いとしろ)で小水力発電(小規模な発電設備を用いた水力発電)と地域づくりの実践に取り組んでいる平野さんのプレゼンを聞き、華麗な経歴を持ちながらも時代の流れはこちらと確信して脱藩したという、時代の読み方の鋭さ、地域づくりにかける思いとその行動力を知り、もっと話を聞きたいと思ったことがきっかけ。

Q:身近な家族に脱藩者はいますか?

父親は医師で、医療系の仕事している人が多い一族。官僚や医者になることを勧められたが、その気はありませんでした。

 

Q:脱藩しようと思ったきっかけはなんですか?

学生のときベンチャービジネスを興す集まりに参加し、先輩や友人の起業の手伝いをしていたことがあります。起業している人が多い環境だったので、いずれ自分で何かやろうというのはずっと思っていました。

就職するときも、終身雇用の会社で働くつもりは無かったので、短期間で身に付けられることが多く、辞めやすく、事業内容が共感できる会社を選びました。

今考えると、20歳ぐらいのときには、すでにレールから外れて、脱藩していたんだと思います。

 

Q:現在の地域づくりと自然エネルギーの活動を脱藩の道に選んだのはなぜですか?

商業施設プロデュース会社にいたとき、同郷の後輩に出会い、「起業的人材を育成しよう」と話し合いました。岐阜の人は地元はつまらないし何もできないと考えているけど、そうではない。創造的な人材のコミュニティを岐阜に作ろうと思いました。

その後輩と、新年のカウントダウンやライブイベントなど岐阜を元気にする活動をやりました。その後、その後輩から、中小企業に長期のインターンを派遣する事業をNPO法人を作ってやろうと声をかけてもらいましたが、当時はまだ就職2年目で東京での会社の仕事にもやり残したことがあり、退職する決心ができませんでした。

それが自分にとっての挫折経験となりました。当時は自分で自分を否定した気分になり、廃人のようになっていました。

その後、その団体が東京支部を立ち上げたので再び参加し、岐阜をPRするような企画を行う中で、自然と岐阜を訪れる機会が増えていきました。

岐阜の仲間たちと、農業体験や林業体験をする中で、農山村の風景の美しさや心地よさを感じるとともに、食糧やエネルギーが生産できる農山村こそが大切であると思うようになりました。持続可能な小地域をつくることが、地球全体の持続可能性につながるのではないかと考えはじめた頃、石徹白をはじめて訪れました。

石徹白の人たちに、農業用水を活用した小さな水力発電をやろうと持ちかけ、東京から通いながら、小水力発電の導入に携わりました。石徹白という地域と石徹白の人たちに出会ったことで、この地域の地域づくりに携わりたいと思い、飛び込んでみようと決意しました。

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Q:決断に際し、経済面や心理面での不安はありましたか?

経済的には、前職のコンサルティング業から外注で仕事を受けていましたし、岐阜で仕事をつくれるような気がしていたので、何とかなると思いました。

計画的ではありませんでしたが、会社を辞めないと何かが始まらないと思って一歩踏み出したら、いろいろなご縁ができて今に至っています。

後輩とのNPO立ち上げ時に退職を決意できず悩んでいたころ、ある起業家から「自分の腹に落ちた時がやるべき時」という言葉を聞き、そのときは、自分にもそんな時が来るのだろうか?と思っていたが、石徹白に出会って200%腹に落ちました。何の迷いもありませんでした。

ちょうど岐阜に戻るタイミングで、岐阜の活動を一緒にしていた女性と結婚することになりました。大きなビジョンの共有ができるパートナーと出会えたことは、本当に恵まれていると思います。

 

石徹白洋品店

平野さんの奥さんである平野 馨生里さんがやっている「石徹白洋品店」のサイト

 

Q:地域再生機構の活動に地域を巻き込むために、どういったことをされましたか?

当初は、仲間と持続可能な社会の絵を描き、それを持って地元住民に、ちんどん隊のようなことをしながらプレゼンして回っていました。その活動の中で石徹白のNPOと知り合いました。石徹白は地域以外の人を受け入れる風土があると思います。

地域に入るときはルールを守っています。地域のボスを絶対に超えない、地域は地域の人のものなのでそれを尊重する、地域社会がどう成り立っているかを観察する。自治会、歴史、意思決定のあり方を大事にする。あまり派手なことはやらない、など。地域の人と一緒に用水の掃除をしたり、雪おろしをしたりすることなどが大事であり、時間をかけて、信頼関係を構築していくことが大切だと思います。

 

石徹白でも、移住して4年目ぐらいにやっと今の家を紹介してもらえました。

愛知県豊田市に「豊森なりわい塾」というプロジェクトがあり、豊田市・トヨタ自動車株式会社・NPO法人地域の未来・志援センターの協働のもと、森林を活用した「人づくり」「地域づくり」「仕組みづくり」を行うプロジェクトなのですが、ここにスタッフとして関わりました。ここで出会った澁澤寿一さんほか関係者から大いに影響を受けており、そこで学んだことが石徹白でも役立っています。

 

 

Q:「日本が次にめざすべきは『足るを知る』社会であり、地域の特性を活かした地産地消型の自然エネルギーがカギになる」と思った理由はなんですか?

いずれ枯渇してしまう安い化石燃料にたよった生活の危うさを、地域地域で目に見える形で解決していくことをしていきたいと考えています。

 

昭和30年頃までは、全国各地の農山村に小さな水力発電所がありました。かつては、自分たちの手で暮らしを作り出すことは当たり前でした。今は、大きなシステムに頼りすぎてしまっているため、問題が起きると、「誰かのせい」にしてしまいます。それはエネルギーの話だけではなく、あらゆる分野について言えることだと思います。

自然エネルギーが伸びていくことも大事ですが、自分たちの問題を社会や政治のせいにせず、自分たちの力で、暮らしを立て直していく機動力を身につける。それが「自治」なのだと思います。それがあるかないかで、生き残れる健全な社会かどうかが分かるのです。

今の社会のシステムは上手くできているので、それを全部否定する必要はありません。ただし、エネルギー、食物がどこから来ているのかを意識することが重要だと思います。

 

Q:脱藩した道で、どのような将来像や希望をお持ちですか?

第一歩として、今から3年後の2015年に石徹白の全世帯の電力需要をまかなえる水力発電所を2か所事業化する予定です。

億単位の投資となりますが、投資は数年で返済して、その後は地域に毎年1,000万円の利益が入る計画です。

現在の電力システムの関係上、一般家庭への電力の小売りはできませんので、電力会社に電気を買ってもらうことになります。住民からすると、電気を既存の電力会社から買うことに変わりはないため、発電所があってもなくても、変わらないことになってしまいます。そこが問題です。

しかし、この発電所は物理的・経済的・精神的な地産地消になることを目指しています。石徹白の発電所が自分たちのものだと思えるようにしなければいけません。アイディアとしては「発電農協」を作ることを考えています。住民には農協の組合員になってもらい、自分たちでお金を出し合い、お金を受け取れる仕組みを作っていくことを考えています。

実際、戦後にできた小水力発電所の中で、現在も続いている発電専業の農協が全国に4か所ほどあります。これを作りたい。

行政の協力も得ながら、地域の人たちが中心となって、それを実現していきたいと思っています。

 

インタビューしたメンバー。左から村上さん、切明さん、平野さん、大沼さん

インタビューしたメンバー。左から村上、切明、平野さん、大沼

【質問を終え、こう思いました】

■村上

・エネルギッシュな人!人を惹きつける魅力があるな!と思ったのが第1印象

・地産地消は、食べ物だけでなくこのようなエネルギーとかの分野にも広がっていく予感を感じた

・地域に入るためのいろんな苦労をされていると実感。このあたりは一番のノウハウであり、うまくいけば、一番の楽しい点でもある。

・自分が理想としていた生き方をされている一人だと感じた!

■切明

・今までいた世界や考え方から一歩踏み出すことが、人や事との出会いを生み出し、そこから進むべき道が浮き彫りになってくる
・進むべき道は、自分の潜在的欲求や、長く意識し続けていたものなど、自分の中に根ざしているものなのではないか
・周りを巻き込んでいく許容と説得力、どんな環境の中でも自分が納得できるしっかりとした軸がほしい
・利益重視より、大義重視の方が動機として強い。とはいえ、貧すれば鈍する。長く続けるためには収入の確保をするべき
・自分の問題も地域の問題も、中だけじゃなく、外からの刺激がある事で解決につながる
■大沼

・本当に平野さんがやりたいことは、自分達の手で自分達の暮らしをつくっていくという自治の精神を取り戻したいということであり、地域で自然エネルギーを持つということはその重要なツールなのだなと再認識した。目のつけどころが違う

・これからも活動を応援していきたいと思うし、いつか必ず石徹白を訪れたい

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Posted on 2013-02-12 | Posted in 脱藩者Interview | No Comments »

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